言語、外国語、サッカー、消滅。

6年前、海外に行こうと思った時にまずできるようになりたかったのが英語の習得であった。当時から翻訳機やAIの進化は凄まじく、巷ではもう外国語を勉強する必要はないという声も多くなっていた。

だけど自分の場合は、海外でサッカーをしていくこともあり、サッカーの現場に翻訳機が入ってくることは自分の現役中には訪れないだろうとおもい、英語が必要だという結論に至った。

先日読んだ本で、哲学者の二人が「言語」について議論していた。タイトルにある通り、言語が消滅してきている現代で、改めて言語の大切さについて考えている本だった。

確かに言われてみると、ラインのスタンプやインスタグラム、Tiktokの流行は言語のないコミュニケーションを我々が選び始めたと言える。

果たしてサッカーの現場からも「言語」がなくなってきているのだろうか。

一つ確実に言えることは、数字の台頭だと思う。プロの現場をはじめ、僕らのようなアマチュアのサッカーでもあらゆる場面で数字が用いられるようになった。走行距離やトップスピードといったフィジカルのデータに加え、シュート数やパス本数のデータすらもAIを用いたビデオカメラの導入によって簡単に入手できるようになった。

そもそもサッカーにおけるコミュニケーションとはなんだったのだろうか。

日常と比べて、口語コミュニケーションよりも身体的な表現によるコミュニケーションが多いのが一つの特徴だと思う。それは海外でプレーしてみるとより強く感じることで、とにかく一つ一つのリアクションが大きい。例え言葉にしていなくても、感情を表現する術がうまいように感じていた。

自分は新たな言語を学んだことで、大袈裟に言えば世界が広がったように日常生活からもサッカーからも感じていた。今後の世の中がどうなっていくか分からないけれど、言語が消滅してしまったら僕が時間をかけて習得したものは意味のなかったものになってしまうのだろうか。

そうでないと信じたい。

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